クレヤボヤンス 映画話 > 長文 No. 004


クレヤボヤンス
私の愛したビデオ屋

 いや〜、なんか前回は僕ひとりで盛り上がってるって感じの文章でしたな!
 ま、今回も勝手に書くんですけど。

 第四回は、以前にもちょっと書いたビデオ屋さんのお話です。
 僕がアルバイトしていたお店です。




 大学1年の頃は豊島区のずっとはずれの方に住んでいた。
 家賃が月2万円のボロアパートはひどい設備で、不便したものだ。
 唯一の救いは隣の部屋に幼なじみが住んでいたことで、  上京したばかりの僕でも孤独を感じることなく生活していた。


 一年が過ぎて、埼京線の満員電車に耐えられなくなった頃、僕は荻窪に引っ越した。


 駅を出て何軒かの居酒屋の前を通る帰宅ルートはにぎやかだったが、孤独感は強かった。
 自分がここに住んでいることを誰も知らないというのはどこか寂しいものである。
 街が他人の顔をしている感じ。

 ほどなく、僕は西口のビデオ屋にバイト募集の張り紙を見つけた。

 狭いフロアに無理やりビデオを詰め込んだその店は、通好みの品揃えとアダルトビデオの在庫料を武器にして、線路をはさんだ向こう側に立地する大型チェーン店と勝負しているのだった。

 当時の僕はさほど映画に興味を持っていなかったが、
「 ビデオ屋は楽だろう 」
という理由だけで面接を受けることにした。
 バイトの先輩が映画に詳しい人間ばかりだと知ったのは働きだしてからのこと。
 最初からそれを知っていたら、気後れして面接など受けようとは思わなかっただろう。



 電話の声は女の人だった。

 「 面接は……1時・いや、1時ちょっとすぎくらい……だいたい……に来てください 」



 面接の日、僕は1時ちょうどに店を訪れた。
 入り口の自動ドアが開くと、レジには鼻ピアスの男がいた。

 「 ……っしゃいませ

 この男性の両腕にガネーシャのタトゥーがあると知ったのは働きだしてからのこと。
 最初からそれを知っていたら、気後れして面接など受けようとは思わなかっただろう。

 「 あ? 面接の人? ……うーん。 ちょっと待っててね 」


 ……と言われたまま十数分。
 事務室に通されるわけでもなく、僕は普通のお客と同じように狭い店内をウロウロしていた。
 緊張していたのか、その時間のことはよく覚えていない。
 なにせ鼻ピアスの視線を受けながら用も無いのにビデオを眺めていなければならなかったのだから。

 でも、きっとあの頃、お店の新作コーナーには 『 パルプフィクション 』 が並んでいただろう。
 『 青いパパイヤの香り 』 や 『 あなたに降る夢 』 が地味にランキングを飾っていた頃。



 1時半も近くなった頃、店にドレッドの女が入ってきた。
 ドレッドは鼻ピアスと何か話したあと、僕を店の奥の部屋に招き入れた。
 2畳もなさそうな、事務室と言うにはあまりに狭いその部屋のことを、店員はバックルームなどと呼んでいた。

 ドレッドの女は僕をパイプ椅子に座らせ、僕の背後で何かの機械をいじったあと自分のタイムカードを押した。  そのあと、もう一度ゴソゴソ機械をいじって、そして僕の前に座った。

 今思えば、彼女は時計を戻してタイムカードを押していたのだと思う。
 おそらく、時計を1時以前に戻してスタンプしたのだ。
 あの日彼女は、何らかの理由で ( もしくは単に気分の問題で ) 1時出勤に間に合わないと悟り、面接の時間も 「 1時すぎ……くらい…… 」 とアバウトにしたのだろう。
 ……極悪である。


 僕が座ったパイプ椅子より、少しだけ立派な椅子に座った彼女は、100円ライターで中国産のタバコに火をつけながら僕の履歴書に目を通した。

 ……かのように見えたが、ほんの数秒で顔をあげ、濃い煙を吐いたあとニッと笑った。

「 カラオケとか好き? 」

( ぬ? )


 面接の最初の質問が、カラオケは好きか……である。
 志望動機も聞かずにカラオケの話とは。 僕はただならぬ不安を覚えた。


 もしかして、ここの店員はカラオケ大好き人間だけで構成されているのだろうか。
 仕事のあとは例外なくみんなでカラオケ、なのであろうか。
 「 カラオケは好きじゃない 」 などと答えたら早くも不採用なのであろうか。


 もしくは、ここの店員はカラオケ大嫌い人間だけで構成されているのかも。
 カラオケという言葉を聞いただけでキレるような人間で構成されているのか。
 「 カラオケ好きです 」 などと答えたらいきなり面接中止で店を追い出されるのか。


 もしくは……
 レンタルCDも扱う店だから、僕が最近の音楽事情に詳しいかどうか知りたいのか?
 もしくは……僕をリラックスさせるための世間話をしようってことなのか?
 もしくは…… ああ…… わからん…………





 僕はどうとでもとれるような返事をした。

 「 ……嫌いじゃないですけど……友達に誘われたら行くってくらいです…… 」

 「 ほー 」

 「 ……? 」 ( 汗 )




 ( …… フーッ ) ← タバコ吸ってる

 「 …… 」 ( 汗 )





 「 じゃあ水曜日から来れます? 」

 ( なんじゃそりゃ! 採用かいっ! )




*変な面接

 あとからバイトの間で話題になったのだが、この店長の面接の質問は 「 カラオケは好きか 」 と 「 洋楽と邦楽ではどちらが好きか 」 の2パターンしかなく、しかもシッカリと不採用になるケースもあったらしい。
 基準はいまだ不明である。



 こうして僕の面接は終わった。
 とりあえず向こう1週間のシフトを適当に決めたあと、彼女は僕に2・3の質問をした。
 内容は 「 自分の長所・短所は? 」 とか 「 なぜこの店で働こうと思ったのか? 」 といったものだった。

 ( それはフツー採用前に聞くもんだぞ )

 僕の心の中のツッコミをよそに、ドレッドの雇われ女店長はニコニコしていた。



 バイトは仕事も簡単で、優しい人ばかりで、深夜まで仕事があることを除けば理想的だった。



* 鼻ピアスさんの話

 鼻ピアスさんは一見するとヤク中じゃないかと思うほど恐い感じ ( ← 失礼 ) の人だったが、タトゥー入りの両腕に 「 アンパンマンのクリスマス 」 のビデオを抱えたまま 「 セーラームーン2本は過剰入荷だろお 」 とか言ってたりする、仕事熱心な人なのだ。
 まだまだ日本も捨てたもんじゃない。
 人生チビッコアニメですよ、実際の話。




 大学は休みがちで、バイトに行くか、家で映画を観るかのどちらかだったあの頃。

 記憶は昔観た映画のように虚ろなのだが、遅刻するまいと店まで走った夕暮れどきの風景を思い出すとなんだかせつない気分になる。




* ついでに余談

 ワシと店長 ( ドレッド ) がバックルームでタバコを吸ってたときの話。

 店長がワシにこんなことを言った。
 「 今日アタシ、楳図かずおを見たのよ! 」

 楳図かずおと言えば、『 まことちゃん 』 とか 『 14歳 』 で有名な大御所マンガ家である。
 おっかない絵柄で、ホラーマンガをたくさん描いてる人だ。

 「 あの人さぁ、なんかフラフラ歩いててさぁ、顔が緑色なのよっ! 」

 おそらく、彼の顔が緑色に見えたのは、楳図氏のホラーマンガに出てくる例の
「 ギィヤアアアァーーーッ 」
のイメージが強すぎたために起こった目の錯覚だと思われる。

 それより驚きだったのは、ワシもかなり頻繁に楳図氏を目撃していたことである。
 ワシと店長しかいないバックルームは楳図目撃者率100%である。
( ……かずお、目撃されすぎだぞ )

 ちなみにワシは過去10回近くも氏を目撃している。

 ワシの友人などは数十回も楳図氏を目撃しており、もはや日常茶飯事と化している。
 その友人、一度などは
「 一緒にウメズカズオを尾行しませんか? 」
というワケのわからない台詞で公園のベンチに座っている女性をナンパをしていた。
 ( 失敗に終わった )

 意外に身近な大御所、楳図かずお先生。
 人生チキンジョージですよ、実際の話。



 変なお客さんもいっぱいいた。

 不法就労の外人さんがビデオを借りに来た。 ( パスポートが期限切れで入会できなかった )

 芸能人のお客さんもちょっといた。
 一度でいいから名古屋章さんに会いたかった。
 ビールのCMに出てたモデルさんは常連で、美人だった。

 一年半で十数人のバイト仲間と知り合った。

 僕は数百本の映画を観た。





 携帯電話の販売店になってしまったその場所を通ると、僕はあの頃を思い出す。
 今ごろ、ドレッドは、鼻ピアスは、みんなは、どこへ行って何をやっているんだろう。

 いつかどこかで偶然彼らに出会って、映画の話になるかも知れない、その時のために。
 僕はタルコフスキーの映画でも観ておこうかと思うのである。





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